なぜ中国語で「娘(niáng)」は母親?日本語と違う!意外な意味と使い方を徹底解説
中国語の学習を進めていくと、日本語と同じ漢字なのに全く違う意味で使われる単語に出会い、驚いた経験はありませんか?その中でも特に、多くの日本人学習者が「えっ!?」と戸惑うのが「娘」という漢字です。
中国の時代劇ドラマを見ていると、子供が自分の母親に向かって「娘(niáng)!」と呼びかけるシーンが頻繁に登場します。日本では「娘」といえば自分の子供(女の子)を指す言葉。当然「お母さん」は「妈妈(māma)」と覚えたはずなのに、なぜ母親を「娘」と呼ぶのでしょうか?
実は、この「娘」という漢字、中国語では「母親」以外にも、皇后や仲人、さらには昆虫まで、実に多彩で奥深い意味を持つのです。この記事では、そんな「娘」という漢字の意外な使い方とその背景を、語源から現代での用法まで徹底的に解説します。この記事を読めば、中国のドラマや文化への理解がより一層深まること間違いなしです!
目次
中国語の「娘」は”お母さん”!? 日本語との違いに驚く背景とは
きっかけは時代劇?「妈妈(māma)」じゃないの?学習者が抱く素朴な疑問
冒頭でも触れたように、中国に留学し始めたばかりの頃や、中国語学習の初期段階で時代劇を見ると、この「娘」の用法に混乱することがよくあります。現代中国語の教科書では、母親は「妈妈(māma)」と習うのが一般的です。しかし、歴史を遡ると、「娘」という言葉が母親や年上の女性を指す呼称として広く使われていた時代がありました。中国で使われている漢字の中には、時代と共に意味や用法が変化してきたものが数多くあり、「娘」はその代表的な一例なのです。

時代劇では、母親を「娘(niáng)」と呼ぶシーンがよく見られます。
「娘」の漢字の成り立ち:「妊娠した女性」が本来の意味だった
この謎を解く鍵は、漢字の成り立ちにあります。「娘」の元になっているのは、画数の多い繁体字の「孃」という字です。この字は、女偏(おんなへん)に「襄」を組み合わせた形声文字です。
「襄」という部分には、「包容(bāoróng)」(収容する)や「包裹(bāoguǒ)」(包む、くるむ)といった意味があります。これに「女」を組み合わせることで、「身体の中に嬰児(えいじ)を収容している婦女」、つまり「妊娠した女性」を指す言葉として用いられるようになりました。
そこから意味が派生し、「子育て中の女性」や「年長の女性」、ひいては「母親」そのものを表す言葉へと変化していったのです。一方で、近代になって制定された簡体字の「娘」という字の組み合わせは、「良い家の女性」、つまり「良家の婦女」や「尊敬される女性」というニュアンスを持つとされています。この「成熟した、尊敬すべき女性」というイメージが、中国語における「娘」の多様な意味の根底に流れているのです。
【用法別】これで完璧!中国語「娘」の多彩な意味を徹底マスター
それでは、「娘」という漢字が具体的にどのような場面で、どんな意味で使われるのか、用法別に詳しく見ていきましょう。
①母親を指す「娘(niáng)」― 時代と共に変わる呼び方の変遷
子供が母親を呼ぶ際の呼び方は、時代や地方、身分によっても様々です。特に歴史ドラマを理解する上で、これらの呼称は重要なポイントとなります。
娘(niáng) / 阿娘(ā niáng) ― 古代・中世の一般的な呼称
「娘(niáng)」や、より親しみを込めた「阿娘(ā niáng)」は、漢民族が中心だった王朝(唐、宋、明など)の時代劇で頻繁に使われる、母親への呼びかけです。「阿」は日本語の「~ちゃん」のように、親しみを込めて名前の前につける接頭辞です。
额娘(é niáng) ― 清朝ドラマファンなら必修の満州語由来単語
清王朝を舞台にしたドラマ(例:「宮廷の諍い女」「如懿伝」など)で耳にするのが「额娘(é niáng)」です。これは清王朝の支配民族であった満州族の言葉(満州語)で「母親」を意味する “eme” の音訳で、皇族や貴族階級の子供が母親を呼ぶ際に使われました。この言葉が出てきたら、「ああ、清の時代の話だな」と判断することができます。
【コラム】現代中国語で「娘(niáng)」は使われるのか?
現代の標準中国語では、母親を呼ぶ際は「妈妈(māma)」が最も一般的です。では、「娘」は完全に死語なのでしょうか?実はそうでもありません。一部の地方の方言では、今でも年配の方などが母親を「娘」と呼ぶことがあります。また、文章語や詩的な表現として、「母親」の意味で使われることもあります。例えば、実の母親を指す「亲娘(qīn niáng)」という言葉は、現代でも使われます。
②尊敬される女性への敬称となる「娘」
「娘」が持つ「成熟した尊敬すべき女性」というニュアンスから、身分の高い女性や、特定の立場の女性に対する敬称としても使われます。

「娘娘(niángniang)」は、皇后や妃など高貴な女性への敬称です。
娘娘(niángniang) ― 皇后から女神まで
「娘娘(niángniang)」は、主に皇帝の后(皇后)や妃(側室)、皇太后など、皇族の身分の高い女性に対する敬称です。また、神話や伝説に登場する女神、例えば西遊記に出てくる「王母娘娘(Wángmǔ niángniang)」(西王母)のように、神様への敬称としても使われます。
Wángmǔ niángniang, yòu chēng wéi Xīwángmǔ, shì gǔdài shénhuà zhōng, zhǎngguǎn bù sǐ yào de chángshēng nǚshén.
王母娘娘,又称为西王母,是古代神话中,掌管不死药的长生女神。
(王母娘娘はまた西王母とも呼ばれ、古代神話の中で不死の薬を司る長寿の女神である。)
老板娘(lǎobǎnniáng) ― お店の「おかみさん」
「老板(lǎobǎn)」は店の主人や社長を意味しますが、その奥さんや、女性の店主のことを「老板娘(lǎobǎnniáng)」と呼びます。日本語の「おかみさん」に非常に近いニュアンスです。店を切り盛りするしっかり者の女性、というイメージが込められています。
厨娘(chúniáng) / 蚕娘(cánniáng) ― 特定の職業の女性を指す言葉
「厨娘(chúniáng)」は女性の料理人、「蚕娘(cánniáng)」は養蚕(蚕の世話)をする女性を指します。このように、特定の職業に従事する女性を指す言葉としても使われます。
③家族・親族関係で使われる様々な「娘」
家族や親族を表す言葉にも「娘」は頻繁に登場します。ここが最も複雑で面白い部分かもしれません。

花嫁を「新娘(xīnniáng)」、介添人を「伴娘(bànniáng)」と呼びます。
新娘(xīnniáng) / 伴娘(bànniáng) ― 結婚式に欠かせない女性たち
結婚式の主役である花嫁・新婦のことは「新娘(xīnniáng)」(新娘子(xīnniángzi)とも言う)と呼びます。そして、花嫁の介添え役を務める女性(ブライズメイド)のことは「伴娘(bànniáng)」と言います。結婚という人生の節目を迎える女性を指す言葉に「娘」が使われているのが興味深いですね。
【最重要】姑娘(gūniang) vs 姑娘(gūniáng) ― 声調一つで大違い!「おば」と「むすめ」
ここが中国語学習者にとって最大の要注意ポイントです。「姑娘」という漢字の組み合わせは、声調(音の高低)によって全く意味が変わります。
- 姑娘(gūniang) [一声+軽声]:この発音の場合、「未婚の若い女性、お嬢さん、娘(むすめ)」を意味します。これが、日本語の「娘」に最も意味が近い用法です。若い女性への呼びかけとしても使われます。
- 姑娘(gūniáng) [一声+二声]:一方、こちらの発音では「父方の姉妹(おば)、または夫の姉妹(小姑)」を指す親族呼称になります。
声調を間違えると、娘さんを「おばさん」と呼んでしまうような、とんでもない誤解を生む可能性があります。しっかりと区別して覚えましょう。
Lǎo Zhāng jiā háiyǒu sān ge gūniang.
老张家还有三个姑娘。
(張さんの家にはさらに三人の娘(むすめ)がいる。)
娘家(niángjiā) / 娘舅(niángjiù) ― 母方の繋がりを示す言葉
「娘家(niángjiā)」は、結婚した女性から見た「実家」を指します。「母親の家」という意味合いから来ています。また、「娘舅(niángjiù)」は「母方の兄弟(おじ)」を意味します。これらの言葉からも、「娘」が母親、ひいては母方を象徴する言葉として使われていることが分かります。
亲娘 / 干娘 / 后娘 ― 様々な「母親」の形
母親を表す言葉にも様々なバリエーションがあります。
- 亲娘(qīnniáng):血の繋がった実の母親。
- 干娘(gānniáng):義理の母。血縁関係はなく、親子同然の付き合いをする約束(契り)を交わした間柄。日本の「育ての親」とは少しニュアンスが異なります。
- 后娘(hòuniáng):継母(ままはは)。
大娘(dàniáng) / 婆娘(póniáng) ― 年配女性への敬称と、少し注意が必要な「奥さん」の呼び方
「大娘(dàniáng)」は、父の兄の妻(伯母)を指す親族呼称ですが、一般的に年上の既婚女性への敬称、日本語の「おばさん」としても広く使われます。
「婆娘(póniáng)」は既婚の若い女性や自分の妻を指す言葉ですが、ややぞんざいな、あるいは少し見下したニュアンスを含むことがあるため、使う相手や場面には注意が必要です。親しい間柄で冗談めかして使うことはあっても、フォーマルな場や初対面の人に使うのは避けるべきでしょう。
④特定の役割や立場、ニュアンスを表す「娘」
红娘(hóngniáng) ― 恋のキューピッド「仲人」のロマンチックな由来
「红娘(hóngniáng)」は、男女の縁を取り持つ「仲人」を意味します。これは、元の時代の有名な戯曲『西廂記(せいそうき)』に登場する、主人公たちの恋を成就させるために奔走した侍女「紅娘」の名前に由来しています。この物語が非常に有名になったため、「红娘」という言葉自体が仲人を指す普通名詞として定着しました。面白いことに、男性の仲人に対しても使うことができます。
老娘(lǎoniáng) ― 最も意味が多様?「おふくろ」から「私」まで
「老娘(lǎoniáng)」は非常に意味が多様で、文脈によって全く違う意味になるため注意が必要です。
- 産婆や乳母、妻、(母方の)おばあさんの別称。
- 子供が自分の年老いた母親を指す言葉。「おふくろ」に近いニュアンス。
- (最も注意すべき用法)強気な若い女性が、尊大な態度で自分を指す一人称。「あたし」「この私」といった意味合いで、喧嘩腰の時や威張る時に使われます。ドラマなどで「老娘才不怕你呢!(あたしがあんたなんか怖がるもんか!)」といったセリフで聞かれます。
老姑娘(lǎogūniang) ― 「末娘」と「オールドミス」、文脈で変わる意味
「老姑娘(lǎogūniang)」も複数の意味を持つ言葉です。一つは、愛情を込めて「末娘」を指す場合。もう一つは、婚期を過ぎても結婚していない女性を指す、ややネガティブなニュアンスを持つ場合があります。日本語の「オールドミス」に近いですが、近年では価値観の多様化により、使われ方が変化している言葉でもあります。
⑤【番外編】まさかの昆虫にも!意外すぎる「娘」の使い方
ここまで見てきたように、中国語の「娘」は一貫して「女性」に関連する言葉でした。しかし、全く関係なさそうな「昆虫」を指す用法もあるから驚きです。

イトトンボは中国語で「豆娘(dòuniáng)」と呼ばれます。
豆娘(dòuniáng) ― イトトンボ
「豆娘(dòuniáng)」は、なんと「イトトンボ」を指します。なぜイトトンボが「豆の娘」なのか、その由来ははっきりしていませんが、一説には体が小さく可憐な様子を若い女性になぞらえた、という民間の俗説があります。
纺织娘(fǎngzhīniáng) ― クツワムシ
さらに驚くべきは、「纺织娘(fǎngzhīniáng)」が「クツワムシ」を意味することです。「纺织」は「紡績」という意味なので、直訳すると「紡績お嬢さん」となります。これは、クツワムシの鳴き声が、昔の女性が機織り機(はたおりき)を動かす音「ガチャガチャ」に似ていることから名付けられたと言われています。この呼び名は、生物学的な分類名としても「纺织娘科(fǎngzhīniángkē)」(クツワムシ科)のように正式に採用されており、言葉の面白さを感じさせます。
まとめ:言葉の奥深さを知る旅 ―「娘」から見える日中文化と言語の変遷
今回は、日本語と中国語で意味が大きく異なる漢字「娘」について、その多彩な用法と背景を深掘りしました。「妊娠した女性」という語源から始まり、母親、皇后、仲人、そして昆虫に至るまで、その意味の広がりには驚かされますね。
共通して言えるのは、中国語の「娘」には、単に若い女の子を指すのではなく、「成熟した女性、あるいは特定の役割を持つ女性」というニュアンスが根底にあることです。一方で、日本語ではその意味が限定され、「親から見た女性の子供」という意味で定着しました。同じ漢字を使いながら、それぞれの国で独自の言語文化が発展してきた歴史が垣間見えます。
このような同形異義語を学ぶことは、単語を覚えるだけでなく、その背景にある文化や歴史、人々の価値観に触れることができる、語学学習の大きな醍醐味です。これからも「なぜ?」という好奇心を大切に、言葉の奥深い世界を探求していきましょう。