歴史と人物から学ぶ中国語~秦の始皇帝~其の一

    1. 中国歴史・民族

    中国においては小国も含めると何百人もの皇帝が存在してきました。皆さんはそんな中国の皇帝たちの中で最初に皇帝となった人をご存じですか?

    今回は秦の始皇帝にスポットライトを当てながら中国語を勉強していきましょう。

    歴史と人物から学ぶ中国語~秦の始皇帝~其の一

    秦の始皇帝とは?

    紀元前770年~前221年、中国では各地に有力者が自立して分裂していた時代がありました。この時代のことを春秋戦国時代と呼びます。

    秦の始皇帝は13歳の若さで、戦国七雄の一国である秦の第6代王に即位。他国を次々と攻め滅ぼし、紀元前221年に史上初めて中国統一を成し遂げます。

    国がたくさんあった中国を一つにまとめ上げた始皇帝は、自らを皇帝と名乗り権力の限りを尽くしました。ここで注目したいのが、彼が始皇帝と呼ばれていることです。これは、彼自身の権力に対する意思表示でもあります。

    秦の始皇帝という呼び名の由来

    では、秦の始皇帝の名前に関する会話文を見てみましょう。中国語学習者が中国人の王さんに秦の始皇帝の名前の由来について尋ねています。

    qín shǐ huáng wèi shén me jiào qín shǐ huáng zhè ge míng zì?

    :秦始皇为什么叫秦始皇这个名字?

    秦の始皇帝はなぜ秦の始皇帝という名前で呼ばれているのですか?

    qín shǐ huáng zhī suǒ yǐ bèi chēng wéi qín shǐ huáng,

    B:秦始皇之所以被称为秦始皇,

    秦の始皇帝が秦の始皇帝と呼ばれる理由は、

    zhǔ yào shi yīn wèi tā shì zhōng guó lì shǐ shàng dì yī gè shǐ yòng “huáng dì” chēng hào de jūn zhǔ.

    主要是因为他是中国历史上第一个使用“皇帝”称号的君主。

    彼が中国史上初めて「皇帝」の称号を使用した君主だからです。

    tā zhī qián méi yǒu huáng dì?

    :他之前没有皇帝?

    彼の前には皇帝はいなかったのですか?

    shì de, zài tǒng yī liù guó hòu, tā rèn wéi zì jǐ de gōng jī hé wēi wàng chāo guò le gǔ dài de sān huáng  wǔ dì,

    B:是的,在统一六国后,他认为自己的功绩和威望超过了古代的三皇五帝,

    はい、六国を統一した後、彼は自分の功績と名声は古代の三皇、五帝を超えたと考え、

     yīn cǐ cǎi yòng le “huáng dì” zhè yī chēng hào.

    因此采用了“皇帝”这一称号。

    「皇帝」の称号を採用しました。

    中国の青空の前でギターを抱えた男性の像。

    三皇五帝について

    三皇五帝とは、古代中国の神話伝説時代の八人の帝王のことです。三皇と五帝に分かれ、三皇は神、五帝は聖人としての性格を持つとされ、理想の君主とされていました。伝説では、中国最初の王朝である夏より以前の時代とされています。

    「皇帝」は「王」よりも高い地位を表す称号です。ただの王ではなく「皇帝」と名乗ることで、自らの権威を世に示しました。 ちなみに中国史上、 皇帝という称号を使ったのは彼が初めてです。

    つまり、始皇帝は自分が過去に存在したどんな支配者よりも格上だと主張したかったわけです。

    呼び名に関する中国語

    上の会話文で用いられた称为(chēng wéi)という言葉は、日常生活でよく用いられます。中国語で呼び方がわからないものがあるときにはこんな風に尋ねると便利です。

    dà jiā bǎ zhè ge chēng wèi shé me?

    大家把这个称为什么?

    みんなはこれを何と呼びますか?

    称为の前にを置くことで、「~と呼ばれる」という意味の表現になります。

    sì chuān shěng bèi chēng wéi tiān fǔ zhī guó

    四川省被称为天府之国

    四川省は豊穣の地として知られています。

    元ストック写真、ロイヤリティフリーイメージ。

    始皇帝の功績

    始皇帝の功績は、ただ中国を統一しただけではありません。次に、秦の始皇帝の功績に関する会話文を見てみましょう。

    qín shǐ huáng de gōng láo yǒu nǎ xiē?

    :秦始皇的功劳有哪些?

    秦の始皇帝の功績は何ですか?

    qín shǐ huáng de gōng láo yǒu hěn duō, bǐ rú tǒng yī huò bì hé dù liàng héng.

    B:秦始皇的功劳有很多,比如统一货币和度量衡。

    秦の始皇帝の功績はたくさんあります。例えば、貨幣と度量衡の統一です。

    tā tǒng yī qián měi gè dì fāng de huò bì hé dù liàng héng dōu bù yī yàng a.

    :他统一前每个地方的货币和度量衡都不一样啊。

    彼が中国を統一する前は、それぞれの場所の貨幣と度量衡は同じではなかったんですね。

    shì de. hái yǒu qín shǐ huáng jìn xíng wén zì de tǒng yī gōng zuò.

    B:是的。还有秦始皇进行文字的统一工作。

    そうです。それから秦の始皇帝は文字の統一にも着手しました。

    cóng nà shí hòu qǐ, cǎi yòng le bǐ jiào fāng biàn de shū fǎ, guī dìng le tǒng yī de wén zì.

    从那时候起,采用了比较方便的书法,规定了统一的文字。

    その時から便利な文字が採用され、文字が統一されたのです。

    zhè yàng, gè dì de wén huà jiāo liú yě fāng biàn duō le. zhè jiào zuò “shū tóng wén”.

    这样,各地的文化交流也方便多了。这叫做“书同文”。

    このようにして、各地方の文化交流が便利になりました。これを「書同文」と呼びます。

    貨幣・度量衡・文字の統一の意義

    秦の始皇帝が統一する前までは、貨幣も度量衡も漢字もそれぞれの国のものが用いられていました。これだととても不便ですね。

    日本に置き換えて考えてみると、東北地方と関東地方と近畿地方がそれぞれ独自の貨幣を使用していて、使用している文字も長さや重さなどの単位も、異なるものを採用しているようなものです。

    考えただけでもとても面倒です。経済発展も大幅に妨げられてしまうことでしょう。これらを全て統一した秦の始皇帝は、国の発展という面において多大な貢献をしたことになります。

    「これを~と呼ぶ」の表現の仕方

    上の例文でも这叫做书同文という表現が出てきました。「これを書同文と呼びます」という意味です。

    叫做~という言葉を用いて「~と呼ぶ」と表現することができます。

    nà gè zhàn jiào zuò méi tián zhàn.

    那个站叫做梅田站

    あの駅は梅田駅といいます。

    叫做の前にを置くことで、「~と呼ばれている」の表現にすることが可能です。

    tā xí guàn le bèi rén jiào zuò xiǎo zhāng

    他习惯了被人叫做小张

    彼は小張と呼ばれることに慣れています。

    郡県制

    秦の始皇帝は広大な領土を統治するために郡県制を実施しました。郡県制は中国語では、郡县制(jùn xiàn zhì)といいます。

    これは全国を郡に分け、その下に県をおき、任命した役人を派遣するという制度です。郡県制は始皇帝が登場する前からありましたが、始皇帝の時代に全国に拡大しました。

    皇帝が任命した役人が地方を統治することで、 皇帝の命令が地方に行き届きます。郡県制の実施により、皇帝が中国全土を直接管理するようになりました。

    法律の制定

    秦の始皇帝は法律の制定にも力を入れました。法律の制定は中国語で制定法律 (zhì dìng fǎ lǜ)といいます。

    秦の始皇帝が中国を統一する前は、封建制度が基本でした。封建制度においては親族の繫がりが重視され、親族重視は一家の長を深く敬います。

    この制度においては王様がルールブックになりやすくなります。上手くいっている場合はよいのですが、王が自分勝手に振る舞うと国が乱れてしまいます。

    こうしたリスクを回避するため、ルールを定め、それに従って政治を行おうという考え方が存在するようになりました。

    現在においては世界の多くの国で法律が定められています。始皇帝は、法による支配を重視しており、優れた法家を配下におきました。

    中国の煙に包まれた開いた本。

    法を重視しすぎることの弊害

    秦の始皇帝が法を重視することで別の問題が生じるようになります。

    当時、中国で広く受け入れられていた儒学の教えの中に、親を敬う教えがあり、秦の始皇帝はこの教えは国の発展のために不都合だと考えたわけです。

    儒学が封建制度を生んだと考えた秦の始皇帝は、儒学を否定して法治主義を浸透させるため、さらなる一歩を踏み出しました。

    それが思想と言論の統制です。中国語で表現すると、控制思想与言论(kòng zhì sī xiǎng yǔ yán lùn)となります。

    自らの国を治めることに精力的だった秦の始皇帝ですが、ここで厳しすぎる一面を見せるようになります。儒学者は敵視され、徹底的に迫害されるようになったのです。そして有名な「焚書坑儒」へとつながっていきます。

    始皇帝は自らの統治に都合の悪い書物をすべて焼き払い、皇帝に対して批判的な儒家を生き埋めにすることにしました。

    焚書は書物を燃やすこと、坑儒は儒家を生き埋めにすることを表します。この焚書坑儒こそが、秦の始皇帝=厳しいというイメージを人々に抱かせるものとなりました。

    焚書坑儒に関する会話文

    ここで会話文を見てみましょう。中国語学習者のAさんが、中国人の王さんに、なぜ焚書坑儒が行われたのかを尋ねているシーンです。

    xiǎo wáng, qín shǐ huáng shí dài de fén shū kēng rú shì zěn me huí shì?

    A:小王,秦始皇时代的焚书坑儒是怎么回事?

    王さん、秦の始皇帝の時代の焚書坑儒ってどういうことなのですか?

    nà shí hòu qín shǐ huáng xìn rèn de lǐ sī shuō

    B:那时候秦始皇信任的李斯说 ,

    秦の皇帝が信頼していた李斯は言いました。

    “xiàn zài yǒu hěn duō dú shū rén wán gù bù huà, bù huì gēn jù shí jì qíng kuàng de biàn huà ér gǎi biàn,

    B:“现在有很多读书人顽固不化,不会根据实际情况的变化而改变,

    「今の学者は頑固で、現実の状況の変化に合わせて改めようとしない人が多いです。

    ér shì yī wèi de qù xué xí gǔdài, duì guó jiā dà shì yì lùn fēn fēn, rǎo luàn mín xīn, bù lì yú zhèng lìng de guàn chè shí shī.

    而是一味地去学习古代,对国家大事议论纷纷,扰乱民心,不利于政令的贯彻实施。

    ただ昔を研究して国政について語るだけでは民心はかき乱され、政府の法令の施行に不利になります。

    ér  wéi yī néng gǎi biàn zhè zhǒng qíng kuàng de fāng fǎ, jiù shì kòng zhì wén huà sī xiǎng.”

    而唯一能改变这种情况的方法,就是控制文化思想。”

    この状況を変える方法はたった一つの方法は、文化的思想をコントロールすることです。」

    zhè yàng kāi shǐ pò hài rú jiā

    这样开始迫害儒家

    こうして儒教を信じる者への迫害が始まりました。

    tā men rèn wéi rú jiā sī xiǎng fáng ài qín shǐ huáng de zhèng cè

    A:他们认为儒家思想妨碍秦始皇的政策?

    彼らは儒教が秦の始皇帝の政策を妨げると考えていたのですか?

    shì de

    B:是的。

    そうです。

    zhēn yí hàn

    A:真遗憾

    とても残念に思います。

    「とても残念に思う」という表現の仕方

    上の会話文の最後でAさんは真遗憾と述べて、焚書坑儒に関する自分の気持ちを言い表しました。

    中国の方と話していると、中国と日本との間の歴史問題といったデリケートな方向に話題が進む場合がります。中国の方との触れ合いの中ではなかなか避けにくいテーマともいえるでしょう。

    そんな時は、真遗憾と述べることで政治的な意見を述べることなく、純粋に起こってしまった出来事を残念に思っているという気持ちを表現することができます。

    まとめ

    今回は秦の始皇帝にスポットライトをあてて中国語を紹介しました。秦の始皇帝は中国の歴史を語るうえで欠かすことのできない人物です。

    秦の始皇帝に関わるストーリーから、現代中国語に関するプラスになる情報も引き出すことができました。

    今回の記事では紹介しきれないポイントもありましたので、今後掲載される「歴史と人物から学ぶ中国語-秦の始皇帝 其の二」を楽しみにしていてください。

    関連リンク

    始皇帝 – Wikipedia
    紹介文: このWikipediaのページでは、中国史上初の皇帝である秦の始皇帝について詳細に解説しています。彼の生涯、統治下での業績、そして彼が中国史に与えた影響などが網羅的に記述されています。中国の統一、法律制度の確立、万里の長城の建設など、彼の功績とその時代の背景が理解できます。

    秦の始皇帝 – 白帝社
    紹介文: 白帝社から出版された「秦の始皇帝」では、彼がどのようにして中国を統一したか、またその過程で行った改革や建設プロジェクトについて詳しく説明しています。読者は始皇帝の政治的野心と、彼の統治が後の中国の歴史にどのような影響を与えたかを深く理解することができます。

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