歴史ドラマや映画で、古代中国の女性たちの額に施された、花や模様のような美しい飾りを見たことはありませんか? あれは一体何なのか、気になった方もいるかもしれません。それは「花钿 (huādiàn)」や「花黄 (huāhuáng)」と呼ばれる、古代中国独特のメイクアップ(化粧、装飾)なのです。
これらの額の飾りは、単なる装飾ではなく、当時の美意識、社会的地位、そして文化を映し出す鏡のような存在でした。時代と共にその形や意味合いを変えながら、現代でもウエディングフォトや漢服イベント、婚礼 (hūnlǐ – 結婚式) など、様々なシーンでその魅力が見直され、受け継がれています。
この記事では、神秘的で美しい古代中国の額メイク「花钿」と「花黄」の世界へご案内します。その歴史的背景、種類、意味、そして現代における活用法まで、詳しく解説していきます。これらの知識は、中国の歴史や文化への理解を深めるだけでなく、中国語の語彙力や会話力を豊かにする一助となるはずです。
古代中国メイク「花钿」「花黄」の謎に迫る!歴史・意味から現代の活用法まで徹底解説
目次
古代中国女性の額を彩った「花钿 (huādiàn)」とは?
その意味と歴史:いつから始まった?
「花钿 (huādiàn)」とは、古代中国の女性が額(眉間や額の中央)に施した花模様の装飾、またはその化粧法を指します。「钿」の字には、金や貝で飾る、または髪飾りという意味があります。文字通り、額を花のように華やかに飾るメイクアップだったのです。
その起源は古く、春秋戦国時代には既に存在したとも言われていますが、特に漢代から唐代にかけて大きく発展し、流行しました。当初は、宮廷の女性や貴族階級の間で広まりましたが、次第に一般の女性たちの間にも普及していったと考えられています。
色・デザイン・材料の変遷:時代ごとの流行を追う
花钿の色、デザイン、そして使われる材料は、時代と共に変化し、当時の美意識や流行を反映しています。
- 漢代~南北朝時代: 比較的シンプルで、清楚・柔らかな印象が好まれました。顔料(鉛や硫化水銀など)を使って淡い色で小さな点や花の形を描くことが多かったようです。
- 唐代 (黄金期): 国際色豊かで文化が爛熟した唐代は、花钿のデザインが最も華やかで多様化した時代です。
- デザイン: 花だけでなく、鳥、蝶、魚、龍、鳳凰、雲など、様々なモチーフが登場。詩や絵画の影響も見られます。形も円形、菱形、扇形など多彩に。
- 色: 赤、緑、金など、より鮮やかで大胆な色使いが増えました。
- 材料: 顔料で描くだけでなく、金箔、銀箔、貝殻、玉、翠鳥の羽、魚の骨、雲母などを薄く切り抜いて貼り付ける「粘贴花钿 (zhāntiē huādiàn)」が流行。より立体的で豪華な装飾が可能になりました。
- 宋代: 唐代の華やかさから一転し、シンプルで洗練されたデザインが好まれるように。真珠を使ったものなどが現れます。
- 明代・清代: 時代が下るにつれて、花钿は徐々に簡略化・衰退していきますが、演劇(京劇など)の化粧にはその様式が取り入れられ、特徴的な隈取の一部として残っていきます。明代には紅白黒緑など、清代には黒や赤紫色などが使われた記録もあります。

(唐代は花钿のデザインが最も多様化した時代)
始まりの物語:孫権と鄧夫人の逸話
花钿の起源については諸説ありますが、有名な伝説として、三国時代の呉の王・孫権(そんけん Sūn Quán)と、彼が寵愛した鄧夫人(とうふじん Dèng fūrén)の物語があります。
ある日、孫権は最愛の鄧夫人の額に小さな茶色のシミを見つけ、大変心を痛めました。どうにかしてこのシミを隠し、彼女の美しさを保てないかと考え、宮廷の女性たちに相談します。
そこで提案されたのが、シミの上に小さな花を描くことでした。孫権はこのアイデアを大変気に入り、早速実行させます。すると、花を描かれた鄧夫人は以前にも増して美しく魅力的に見え、孫権は大いに喜びました。
この額の花飾りが評判となり、「花钿」として宮廷の女性たちの間に広まっていった、という逸話です。真偽のほどは定かではありませんが、花钿の由来を語る上でよく引き合いに出される美しい物語です。
花钿の種類:点・花・動物から金箔・玉まで
花钿のデザインや材料は多岐にわたります。
- 形状による分類:
- 花形 (huāxíng): 最も一般的。梅、桃、蓮、菊など様々な花がモチーフに。
- 点形 (diǎnxíng): シンプルな点状の飾り。初期や簡素なスタイル。
- 動物・鳥形 (dòngwù/niǎoxíng): 蝶、鳥、魚、龍、鳳凰など。唐代に流行。
- 幾何学模様・その他: 菱形、扇形、雲形など。
- 材料による分類:
- 顔料 (yánliào): 鉛、水銀朱、紅、緑色の顔料などで直接描く。
- 金箔・銀箔 (jīnbó/yínbó): 薄く延ばした金や銀を切り抜いて貼る。豪華な印象。
- 翠羽 (cuìyǔ): カワセミの美しい青緑色の羽。希少で高価。
- 貝殻 (bèiké): 螺鈿(らでん)のように、貝殻を薄く加工して貼る。
- 雲母 (yúnmǔ): キラキラと光る鉱物。
- 玉 (yù): 翡翠などの玉製品。
- 魚の骨 (yúgǔ): 加工して使われた例も。
- 紙・絹 (zhǐ/sī): 色を塗った紙や絹を切り抜いて貼る。
貼り付けるタイプの花钿は、「呵胶 (hējiāo)」と呼ばれる、魚の浮袋などから作られた接着剤で額に固定されました。剥がす時はお湯で温めると簡単に取れたそうです。
唐代に花開いたメイク文化:花钿の黄金期
宮廷女官たちの美の競演
唐代は中国史上、特に文化が華やかに花開いた時代であり、女性の美意識も非常に高く、洗練されたメイクアップ技術が発展しました。その中でも「花钿」は、宮廷女官たちの間で大流行し、美しさを競い合うための重要な要素となりました。
当時の長安(現在の西安)は国際都市であり、西域などからの文化も流入し、それがメイクにも影響を与えました。大胆な色使い、多様なモチーフ、金箔や翠羽といった豪華な素材を用いた花钿は、唐代女性の開放的で自信に満ちた美しさを象徴しています。
彼女たちは、季節や行事、衣装に合わせて花钿のデザインを変え、個性を表現しました。例えば、春節には縁起の良い模様、観花(花見)の際には花のモチーフといった具合です。皇帝や高官に気に入られるため、あるいは同僚たちの中でより美しく見せるため、より複雑で、より珍しいデザインの花钿を求めたと言われています。
また、花钿だけでなく、白粉 (铅粉 qiānfěn) で肌を白く見せ、眉 (眉黛 méidài) を太く特徴的に描き、頬には紅 (胭脂 yānzhi) を濃く丸く入れ、唇には紅 (口脂 kǒuzhī) で小さな花びらのように描くといった、全体的なメイクアップとの調和も重視されました。花钿を美しく見せるためには、額の肌の手入れも欠かせなかったでしょう。
楊貴妃と花钿:悲劇の美女が愛した装飾
唐代の美を語る上で欠かせない人物が、玄宗皇帝の寵愛を一身に受けた楊貴妃(ようきひ Yáng Guìfēi)です。絶世の美女と讃えられた彼女もまた、「花钿」を愛用していたと伝えられています。彼女が好んだデザインや色、素材は、当時の宮廷のトレンドに大きな影響を与えたことでしょう。
しかし、彼女の美貌と皇帝の寵愛は、やがて安史の乱という国を揺るがす動乱を招く一因となり、彼女自身も悲劇的な最期を迎えます。馬嵬(ばかい)の駅で、兵士たちの要求により玄宗皇帝の命令で殺害された(または自害を命じられた)とされています。
楊貴妃の物語は、その栄華と悲劇性から、後世の多くの詩や文学、絵画、演劇の題材となりました。その中で、「花钿」は彼女の美しさ、宮廷文化の華やかさ、そして儚さを象徴するアイテムとして描かれることがあります。
花钿そのものは楊貴妃以前から存在しましたが、彼女の存在によって、その美しさと魅力が一層際立ち、唐代文化のアイコンの一つとして記憶されることになったと言えるかもしれません。
同時期の流行:斜紅・面靥との関係
花钿が流行した唐代には、他にも特徴的な顔面装飾がありました。
- 斜紅 (xiéhóng): こめかみや目の横に、三日月形や傷跡のような赤い線を描く化粧。太陽や月の満ち欠け、あるいは傷を隠すためなど、由来には諸説あります。
- 面靥 (miànyè): 頬(えくぼの位置あたり)に、紅で小さな点を描く化粧。「靥」はえくぼを意味します。これも可愛らしさや魅力を引き立てるための装飾でした。
花钿、斜紅、面靥は、しばしば組み合わせて施され、唐代女性の個性的で華やかな美しさを演出していました。
もう一つの額メイク「花黄 (huāhuáng)」の魅力
花黄の起源:寿阳公主と蝋梅の花伝説
「花黄 (huāhuáng)」は、文字通り「黄色い花」という意味で、これも額に施された装飾(化粧)の一種です。花钿としばしば混同されますが、元々は異なる由来を持つとされています。
その起源として有名なのが、南朝宋の武帝の娘、寿陽公主 (Shòuyáng gōngzhǔ) と蝋梅 (làméi – ロウバイ) の花の伝説です。
ある日、寿陽公主が宮殿の軒下でうたた寝をしていると、近くに咲いていた蝋梅の花びらが風に吹かれて彼女の額にひらりと舞い落ちました。汗ばんだ額にその花びらが貼りつき、淡い黄色の花の形がくっきりと残りました。しかも、その痕は洗ってもなかなか消えません。しかし、その花の痕が彼女を大変美しく見せたため、宮中の女官たちはこぞってこれを真似し、額に黄色い花の模様を描いたり、黄色い紙や金箔を花の形に切って貼ったりするようになったと言われています。
この伝説から、額に黄色い花の装飾を施すことが「花黄」と呼ばれるようになったとされています。蝋梅は冬の寒い時期に美しい花を咲かせることから、気高さや純粋さの象徴ともされました。
「梅花妆 (méihuāzhuāng)」と呼ばれる理由
この寿陽公主の伝説に由来するため、「花黄」は特に蝋梅の花の形を模したものを指し、別名「梅花妆 (méihuāzhuāng – 梅花粧)」とも呼ばれるようになりました。これは文字通り「梅の花の化粧」という意味です。
つまり、「花黄」は黄色い色や梅の花の形に特徴づけられる額の装飾であり、「花钿」というより広い概念の中に含まれる、あるいは並び称されるメイクアップスタイルの一つと考えることができます。
唐代には花钿と共にこの梅花妆も流行し、女性たちの額を優雅に彩りました。
花黄の材料と貼り方
花黄の材料としては、主に以下のようなものが使われました。
- 黄色の顔料: 額に直接、梅の花などの模様を描く。
- 黄色い紙や絹: 花の形に切り抜いて貼る。
- 金箔 (jīnbó): 金色に輝く豪華な花黄。
貼り付けるタイプのものは、花钿と同様に「呵胶」などの接着剤で額に固定されました。
英雄ムーランと花黄:戦う女性の美意識
『木兰诗』に描かれる「対鏡帖花黄」の場面
「花黄」について語る上で欠かせないのが、中国の有名な叙事詩『木兰诗 (Mùlán shī – 木蘭の詩)』に登場する伝説的な女主人公、花木蘭(か もくらん / ファ・ムーラン Huā Mùlán)です。
ムーランは、高齢の父に代わって男装し、長年にわたり戦場で活躍した英雄として知られています。ディズニーアニメなどでご存知の方も多いでしょう。この『木兰詩』の中に、彼女が故郷に帰り、女性の姿に戻る場面を描いた有名な一節があります。
《木兰诗》より
脱我战时袍,著我旧时裳。
当窗理云鬓,对镜帖花黄。
(ピンイン: Tuō wǒ zhànshí páo, zhuó wǒ jiù shí shang. Dāng chuāng lǐ yúnbìn, duì jìng tiē huāhuáng.)
私は戦で着ていた兵服を脱ぎ、以前の娘時代の衣装に着替えた。窓辺に座って美しい黒髪を整え、鏡に向かって花黄を貼った。
出门看火伴,火伴皆惊忙:
同行十二年,不知木兰是女郎。
(ピンイン: Chū mén kàn huǒbàn, huǒbàn jiē jīnghuáng: Tóngxíng shí’èr nián, bù zhī Mùlán shì nǚláng.)
門を出て共に戦った仲間たちに会いに行くと、仲間たちは皆ひどく驚いた。同行して十二年にもなるのに、木蘭が女性だとは知らなかったのだ。
この「対鏡帖花黄 (duì jìng tiē huāhuáng – 鏡に向かい花黄を貼る)」という描写により、花黄(梅花妆)はムーランを象徴するメイクアップの一つとして広く知られるようになりました。

(ムーランが女性の姿に戻り、花黄を貼る場面は有名)
男装の裏にあった女性らしさの表現?
なぜムーランは、女性の姿に戻った際に花黄を選んだのでしょうか?
戦場では男性として振る舞い、女性らしい装いを一切できなかったムーランにとって、花黄は封印していた女性性を取り戻し、自分自身の美しさを再確認するための象徴的な行為だったのかもしれません。鮮やかな色彩と花のモチーフは、長い戦いの後の平和と、女性としてのアイデンティティの回復を表していたのではないでしょうか。
また、花黄(梅花妆)が持つ「気高さ」「純粋さ」といったイメージも、困難を乗り越え、国に貢献した英雄ムーランの姿と重なります。彼女が花黄を施す場面は、単なる化粧というだけでなく、彼女の内面の強さと美しさをも表現していると言えるでしょう。
現代に受け継がれる花钿・花黄
古代のメイクアップである花钿や花黄は、現代において単なる過去の遺物ではなく、様々な形でその魅力を伝え、活用されています。
ウエディングフォト・漢服イベントでの活用
近年、中国では伝統文化への関心が高まり、漢服 (hànfú) を着て街を歩いたり、イベントに参加したりすることが若者の間でブームになっています。この漢服ブームに伴い、伝統的なメイクアップである花钿や花黄も再び注目を集めています。
特に、結婚式の前撮り写真 (婚纱照) で、漢服スタイルを選ぶカップルが増えており、その際に花钿や花黄を取り入れるのが人気です。伝統的なデザインを忠実に再現するだけでなく、現代的な感性でアレンジされた花钿も登場し、花嫁の美しさを引き立てるアクセントとして活用されています。
漢服イベントや伝統文化体験などでも、参加者が花钿や花黄を施して雰囲気を楽しむ様子が見られます。

(現代のウェディングフォトでも花钿スタイルが人気)
華流時代劇を彩るメイクアップ
華流ドラマ、特に歴史時代劇(古装剧 gǔzhuāngjù)においても、花钿や花黄は登場人物の美しさや時代背景を表現するための重要な要素として頻繁に登場します。宮廷の貴妃や女官たちの額を飾る華やかな花钿は、視聴者に強い印象を与え、ドラマの世界観を豊かにしています。
例えば、『武則天-The Empress-』(武媚娘传奇 Wǔ Mèiniáng Chuánqí) や『月に咲く花の如く』(那年花开月正圆 Nà nián huā kāi yuè zhèng yuán)、『長安二十四時』(长安十二时辰 Cháng’ān shí’èr shíchén) など、多くの人気ドラマで様々な時代の花钿・花黄メイクを見ることができます。ドラマをきっかけに、これらの伝統メイクに興味を持つ人も少なくありません。
アート・ファッションとしての再評価
花钿や花黄の持つ独特のデザイン性や色彩は、現代のアートやファッションの世界でも再評価され、インスピレーションの源となっています。イラストレーターやデザイナーが作品のモチーフとして取り入れたり、ファッションショーのメイクに取り入れられたりすることもあります。
伝統的な様式美と、現代的な感性が融合することで、新たな表現が生まれています。
現代風アレンジと楽しみ方(メイクシールなど)
実際に自分で花钿や花黄を試してみたいという人向けに、現代では手軽に楽しめるアイテムも登場しています。
- 花钿シール・タトゥーシール: 額に貼るだけで簡単に花钿メイクが楽しめるシール。様々なデザインがあり、漢服体験やコスプレ、イベントなどで人気。
- 現代コスメでの再現: アイライナーやリップライナー、ラメなどを使って、現代的なメイクアップとして花钿風のデザインを額に描く。
- ネイルアート: 花钿の模様をネイルデザインに取り入れる。
必ずしも伝統的な方法にこだわる必要はなく、現代のファッションやメイクの一部として、気軽にそのエッセンスを取り入れて楽しむことができます。
まとめ:額の装飾から読み解く中国の美と文化
古代中国女性の額を彩った「花钿」と「花黄」。これらは単なるメイクアップや装飾ではなく、各時代の美意識、文化、社会、そして女性たちの想いが込められた、奥深い文化遺産です。その起源伝説から、唐代の華やかな流行、ムーランの物語との関わり、そして現代における新たな活用まで、その歴史は長く、多様性に富んでいます。
花钿や花黄について知ることは、中国の伝統文化や歴史、そして美意識への理解を深める素晴らしい機会となります。華流ドラマを見る目も変わるかもしれませんし、中国人との会話の中で話題にすれば、きっと興味を持ってもらえるでしょう。
現代では、メイクシールなどを利用して気軽に体験することもできます。あなたも、いにしえの女性たちの美意識に思いを馳せながら、花钿や花黄の世界に触れてみてはいかがでしょうか。