三国志に由来する成語②

 三国志に由来する成語はまだまだあります。前回に引き続き、もととなっているエピソードと用例を見てみましょう。

万事俱备,只欠东风

wànshì jùbèi,zhǐ qiàn dōng fēng

意味

用意はすべて整ったけれども、最も重要なものが一つだけ欠けている

由来

曹操(曹操 Cáo Cāo)率いる百万の大軍に対抗するため、劉備(刘备 Liú Bèi)の軍と連合して戦うことになった呉の大都督周瑜(周瑜 Zhōu Yú)。

すべての準備を万事整えたのですが、その矢先、突然血を吐いて倒れてしまいます。名医の診察も高価な薬も何の役にも立ちません。

そこへやって来た諸葛亮(诸葛亮 Zhūgě Liàng)は、彼の病気の原因が何かを感づいており、この語を書いて見せたのでした。

冬のこの時期、長江のこの付近には北西の風しか吹きませんが、どうしても東南の風が必要だったのです。

Wǒmen xiànzài shì wànshì jùbèi,zhǐ qiàn dōng fēng,

我 们 现 在 是 万 事 俱 备,只 欠 东 风,

zhǐyào jīqì yì lái,mǎshang jiù kěyǐ ānzhuāng le。

只 要 机 器 一 来,马 上 就 可 以 安 装 了。

最も重要なもの一つが欠けているだけで、私達の用意はすべて整いました。機器が届きさえすれば、すぐにでも設置できます。

言过其实

yán guò qí shí

意味

話が誇大で実際とかけ離れて言う、大げさに言う

由来

孔明(Kǒngmíng)は軍事理論を語るのが好きな馬謖(马谡 Mǎ Sù)を高く評価していました。

しかし主君の劉備は臨終の床で「馬謖は話を大げさに言う傾向があるので、あまり重用しないように」と彼に忠告していました。

その数年後、魏との重要な決戦で、孔明は周囲の反対を押し切って馬謖を用いたのですが、何と馬謖は孔明の軍略通りにせず、結果大敗を喫してしまいました。

孔明が「泣いて馬謖を斬る」事になったのはこのためだったのです。

Suīrán tā de gōngzuò quēshí qǔdé le yídìng chéngdù de chéngjì,

虽 然 他 的 工 作 确 实 取 得 了 一 定 程 度 的 成 绩,

dàn rúguǒ shuō bǎ suǒyǒu de wèntí dōu jiějué le,jiù wèimiǎn shì yán guò qí shí le。

但 如 果 说 把 所 有 的 问 题 都 解 决 了,就 未 免 是 言 过 其 实 了。

彼の仕事は確かにある程度の成績を修めたが、もしそれですべての問題が解決したと言うとすれば、いささか大げさだと言わざるを得ない。

随机应变

suí jī yìng biàn

意味

臨機応変

由来

龐统(庞统 Páng Tǒng)は周瑜の葬儀に参列した時に、「ぜひ呉にとどまり、君主孫権の元で仕官するように」と魯粛(鲁肃Lǔ Sù)に薦められ、直接孫権(孙权 Sūn Quán)に会うことになりました。

ところが、孫権が外見で自分を判断していることに気づいた龐统は、「いかに自己評価しているか」と問われた際に、「時機の変化に順応しつつ融通性を働かせるのみ。」とそっけなく答え、呉のためには働かないと決めたのでした。

Wàijiāoguān zài tánpàn shí,jì yào zūnxún yuánzé,yòu yào suī jī yìng biàn。

外 交 官 在 谈 判 时,既 要 遵 循 原 则,又 要 随 机 应 变。

外交官は折衝の際に、原則に従い、かつ臨機応変でもなければならない。

锦囊妙计

jǐn náng miàojì

意味

いざという時に役に立つよう前もって用意された妙策、緊急問題を解決するよい方法

由来

孫権の妹との婚儀を理由に呉へ行かなくてはならなくなった劉備の身を案じ、孔明は信頼する趙雲(赵云 Zhào Yún)に何としても劉備を守ってくれるよう託します。

その際、趙雲に密かに手渡したのが三つの小さな袋でした。袋の中にはそれぞれ孔明が記した計略が書かれており、困った時にはそこに書いてある指示通りに行うようにとありました。

Tā dé dào jiàoshòu chuánshòu de xǔduō jǐn náng miàojì,suǒyǐ xìnxīn mǎn mǎn,wú suǒ wèijù。

他 得 到 教 授 传 授 的 许 多 锦 囊 妙 计,所 以 信 心 满 满,无 所 畏 惧。

彼はいざという時に役に立つよう教授から前もって授かったいくつもの妙策を得ていたので、自信に満ちており、恐れるものは何もなかった。

手不释卷

shǒu bú shì juàn

意味

書物を手から離さない、いつも本を手にしている、大変な勉強家である形容

由来

勇猛果敢な呉の将軍呂蒙(Lǚ Méng)は、勉強が苦手で有名でした。

主君の孫権は幾度も本を読む習慣を身に着けるよう薦めましたが、呂蒙はその度に軍事訓練で忙しいからと言って、本を少しも読もうとしませんでした。

孫権は、後漢の祖で民間出身でありながら皇帝になった光武帝が書物を欠かさず読んでいたことを例に、多忙の身である自分もそれに倣っているのだと諭しました。

それ以来呂蒙は見違えるほどまじめに兵法書などを読むようになったのでした。

Tā de yìshēng yǎngchéng le hǎo dú de xíguàn,

他 的 一 生 养 成 了 好 读 的 习 惯,

yìzhí dào lǎonián réngrán měitiān shǒu bú shì juàn。

一 直 到 老 年 仍 然 每 天 手 不 释 卷。

彼は老年になるまで毎日書物を手から離さないほど、一生の間勉強する良い習慣を身に着けていた。

刮目相看

guā mù xiāng kàn

意味

新しい目で見る

由来

当時、都督の任にあって軍の全権を掌握していた魯粛は、ある日駐屯地の呂蒙の元を訪れました。

彼が孫権の薦めに応じて勉強するようになったとは知らなかった魯粛は、酒を酌み交わしながら話すうちに、呂蒙が以前の勉強嫌いの彼ではなく、深い知識を有するようになっていることに大いに驚きました。

そして呂蒙が差し出した幾つかの策略に目を通し、これからは新しい目で彼を見なければならないと思いなおすほど感心したのでした。

Shéi yě méi xiǎng dào,dāngnián dàoshǔ dì yī de tā,

谁 也 没 想 到,当 年 倒 数 第 一 的 他,

rújīn quèshì dà qǐyè de lǎozǒng,zhēnshi guā mù xiāng kàn。

如 今 却 是 大 企 业 的 老 总,真 是 刮 目 相 看。

誰も思いもよらなかったが、当時最下位だったのに、その彼が今では大企業の社長になるとは、まったく既成概念を捨てて対応しなければならないものだ。

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